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契機
きっかけは何の変哲もない純粋な悪夢でした。
鬼が人を襲うと言う至ってシンプルな内容。
「切子抄」の原点はいつも通りと言えばそうです。
しかし、これまでと一つ違ったのは「イミ的な怖さ」です。
起きた事、その事実への畏怖、恐怖の本質・・・。
この作品では「恐怖とは何か」を模索していく事。
そう言った事を考えながらの制作となりました。
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題名
「切子抄」と言う題名はすぐに決まりました。
スーパーで売っていた辛子明太子の「切子」を見て即決(笑)
「イミ的な怖さ」として「切子」と言う漢字の並びが決め手でした。
人は例え無垢で無力な「子」さえ、生きるためには「切」る。
親が子を殺したり、子を戦地に向かわせたり・・・。
そんな現実を捉えるのに、この題名だと直感しました。
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模索
題名が決まった後、この「切子」を検索する事に。
理由は同じ題名の作品がないか探すためでした。
この時は「切子」が既にある言葉とは知らなかったんですね・・・(笑)
調べてみると、日本の伝統工芸である「切子細工」に辿り着きました。
この時点でこの作品の方向性はほとんど決まったと言えます。
透明な硝子に傷をつける事で柄や模様とし、傷はやがて装飾となる。
そんな幻想的で意味深い「切子」と言うワーズは不動なものと言えるでしょう。
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推敲
作る過程で、人の恐怖を探る為に「過去」と「現在」を考る事に。
かつての日本人は「鬼」を畏れ、信じ、それと戦ってきたと思ってます。
ここで最も重要なのは「鬼」が「何だったのか」です。
例えば、病気や飢饉は最もポピュラーな例です。
ある時は狂気に満ちた人、卑しい人、人を殺す人・・・行為や所業や容貌にも。
「鬼」とは何かを考えた時、それが「恐怖」と繋がっていきました。
私は「人が人でなくなる」と言う事が「鬼」や「恐怖」の本質と捉えました。
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「鬼」とは?
過去に目を向けてから現在へ目を向けると、「鬼」は新たな側面を持ちます。
「鬼が来る」と言っても、子供は怯えませんし、泣く事もないです。
つまり、恐怖の象徴ではなくなったのです。
では、鬼はいなくなったのか?
そう考えた時に、単に現在はそれを「鬼」と表現しなくなっただけだと思いました。
同時に、今でいう「鬼」が何なのかを考え、「切子抄」へと発展していきました。
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そして・・・
現代版の「日本昔話」それが「切子抄」だと思っています。
「日本昔話」がおもしろかったり、こわかったりするのはなぜか。
それは「ファンタジー」でありながら、「フィクション」っぽくない。
どこかでそう言う事が本当にあったような気にさせる所。
そして、もしそうならと思わせるところ。
そう言う作品にしたいと思いながら現在も制作中です。
作品は常に「どこか」の「だれか」の話し。
あったのか、なかったのかさえ分からないもの。
ただ、一つ一貫しているのは「人を食らう鬼」についてである事。
これは「ショクジンキの章」だからです。
様々なカタチで「人を食らった」ものや出来事が収録されている本。
そんなイメージで統率されているのが「切子抄~ショクジンキの章~」です。
かくして、この「恐怖」の本質との格闘を描く事になった訳です。
ある意味、その一連の作業も含めて「切子抄」なのだと思っています。
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